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Sonntag, 13. August 2006

Die Terrorismusverbrechen

過日のテロ未遂事件の影響が気になっている。
月末にはただでさえ毎回、厳重な入国管理体制をしいている、アメリカへ
今年も行くことになっているので、気が重い。
どうやら、日本発の全便も、機内持ち込みは何と財布のみ、コンピューター、携帯電話、デジカメ全て不可の状態らしい。
トップレベルに限りなく近い戒厳体制が敷かれている間は、かえって何も起きない物だと思って、自分の身のことはこれっぽっちも心配はしていないし、
まぁ、何かあったところでそれは、そういう事になっていたんだと思うことにしている。

それよりも機材のことが非常に気になって、どうしようかと考えているところ。
私の渡航までは、まだ数週間あるけれど、もうこの二三日辺りに、ヨーロッパへ向けて出国しなければならない稲見は、私以上に困っているに違いない。
私の場合は最悪、携帯電話もコンピューターもデジカメもなしでも、アメリカへ行っても、記録が残せないだけであるが
彼の場合は演奏の為の渡航なので、そういうわけには行かない。

若い連中が読めと言うので、文庫本になった乙一の作品を何冊か読みふけってみた。
新しい文体とか新しい表現とかを目指して書かれたものではない事は、作者の後書きから読み取れるし、そういう評価を望んで書かれた物でないようだ。
物事を目によって見るとき、普通両目を使う事により距離感や平衡感覚も同時に、情報収集するのが、両眼で物を見るときの機能だと思うが、
乙一作品群は、最初は片目で事象を見て、後に両眼で全貌を見せるみたいな感覚で書かれていると感じた。
その微妙なバランスは面白いと思う。
連中は「乙一の作品が沢山読まれる世間って、おかしくなってると思いませんか」と言うので、「いや、そうじゃなくって色々な指向や忌避される物事というのは、常に巷で言われるところの社会ってヤツと表裏一体となって歴史は進んできたけど、もし現在を病んでいると想定するならば、それはその表裏のバランスをとる感覚や、押し戻す感覚が力を失ってきているように見える今こそ、君らの言う病んでいるの状態に近いだろう」と答えた。
ちなみに私の右目は、二度の手術によって視力は、測定値外になっているので
両目で物事を見ても、通常の見え方をしていない。
だから一時流行した、立体視本なんてのを楽しんだことがない


13.08.06 01:27